職人紹介
出口 幹格

【私の信条(仕事に対する心構え)】
- ・ お施主さんの立場になり仕事をすること。
- ・ 完了しても再確認すること。
- ・ 手間は時間をかけ、手間暇を惜しむな。
- ・ 社会に貢献すること。
- ・ 「人を富ませば、我が身又富む」
北海道紋別に生まれる。
北海道紋別市の流氷が来る町で、積雪はあまりないが、海風でとても寒い地域。
実家は、家具と建具屋。建具の専門職人が10人以上おり、物心ついた頃から工場で働く職人さんの手伝いをしていた。
高校を卒業後、父親と離れて仕事をするため、千葉県に住んでいる叔母を頼りに北海道から上京。
昭和43年、東京の建具とサッシの卸売り問屋に入社し、寮に住み込みしながら6年ほど修行。
いずれ独立しようという夢を持っていたので、その後、千葉県の建具サッシの販売の小売り屋にて5年ほど修行。28歳の若さで念願の独立。
最初は、パートさんと2人で会社を稼働。
外部の木製建具からアルミサッシへの移行がブームになり、アルミは腐らない、動きも軽いということで当時は、高価な商品だったが、多くの注文をいただいた。
この佐倉の土地で30年、お客様に育てていただいた恩返しとして、これからもガラス、サッシ、エクステリアに関する小さなお悩みからリフォームまで、お客様のお悩みごとを解決していきたい。
趣味は、魚釣り。家庭菜園。ボクシング観戦。2級船操縦士。
山本 悟(会長)

独立する前は、建具金物の営業をしており、毎日の売上に追われるごく普通のサラリーマンでした。
独立してからはバルコニー施工技能士の資格をとり、30年来お客様に安心していただける施工を心がけてきました。
今は社員教育に力を入れて、後任の指導に当たっています。若い者が技術を身につけて育って行くのが楽しみです。
趣味:ゴルフ、水泳、カラオケ、囲碁、将棋など多趣味。
事務所内に響き渡る大きな声とあふれんばかりの笑顔が特徴です。
澤山馥志(さわやま ふくし)工場長

東京都杉並区出身
中学卒業後、昭和30年から大森の高島屋工作所の家具工場にて、5年間小僧をし、2年間お礼奉公したのち28歳まで従業員として勤めました。
その間、宮内庁からの注文家具や、山本富士子、田中絹代などの芸能人、力道山などスポーツ選手からの注文家具の製作を手がけるなど、いわゆる高級家具製作に携わってきました。
その後、親戚が建具屋として独立したため、建具職人として千葉県に移住します。
入母屋造りの建具、書院障子、仏壇、注文家具の製作建具の専門知識を身につけながら13年間勤務しました。
さくら住建は、社長に職人の腕を買われての入社です。仕事は、建具、家具、サッシの取付など全般に渡り、現在、工場長として従業員をまとめています。
趣味は、釣り、時々家庭菜園、仕事。

